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小説「それぞれのパンデミック ~そのとき彼等は……」悠冴紀著

2021年12月刊行の悠冴紀の最新作、小説『それぞれのパンデミック ~そのとき彼等は……』の内容紹介ページです。(PHASEシリーズ第四弾)

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 悠冴紀の全出版作が掲載された
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 内容紹介 

「どうしても聞きたかったんです、あなたの口から。今の状況において、あるいは、ウィルスとともに暮らさねばならないこれからの世界において、僕達にとっての『プラス』とは何なのか。僕達人類は、一体どこへ向かおうとしているのかを」

「弱いところを衝かれたんだ。
 グローバル化のユートピアが
 丸ごとそのままの形で
 ディストピアに反転したわけだ」


科学や医学の著しい発展にもかかわらず起きてしまったまさかのパンデミック。良くも悪くも変わり果てた日常。これは果たして終焉か、始まりか?


「永続するものなんてない。
だからこそ噛み締めるのよ」

「今がすべてだ」


 非常時にこそ再確認される
 絆と信頼、愛の形。


かつて日本で危ういカルト教団の実態を暴くため、人知れず地下活動に参加していた情報提供者。彼のハンドラーだったニヒルで曲の強い元諜報員。同じく裏社会から足を洗った身で、現在同居中のパートナー。そんな大いに訳ありな経歴の持ち主たちが、変異種に振り回される一進一退の疫病禍を舞台に、意外な素顔と本音、日常の姿を垣間見せる。

「何かのきっかけで人の世が終わらないうちに、
 これだけは言っておきたいんだけど──」


 PHASEシリーズの著者
 悠冴紀が描く
 異色の外出自粛生活。

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【目 次】

第一話 迷走の未来
~Voice of J

第二話 感染者たちの日常
~ロックダウン真っ最中のドイツにて

第三話 古城屋敷の奇妙な一日
~侵入者たちの悲運

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(※本作には、PHASEシリーズでお馴染みの登場人物たちが出てきますが、シリーズ本編が未読の方にも問題なくお楽しみいただける読み切り型の短編集です)

 試し読み1 

【2020年4月末頃】

 科学や医学の著しい発展にもかかわらず巻き起こってしまったまさかのパンデミックで、すべてが手探りの五里霧中ごりむちゅうだったこの日、自宅の窓では、無地で光沢のある分厚いブルー・グレーのカーテンが、月夜を縁取る窓枠に音もなく揺らめいていた。
 宮本が暮らす都内のマンションは築八年程度の12階建てで、10階の角部屋を1DKで借りていた。彼の今いる六畳の部屋には、飾り気のないシングルのベッドがあり、機能的で幅を取らない木製のデスクが窓際に設置されている。ベッドとの間のスペースは極めて狭いが、かろうじて椅子を引くことはできる幅だ。
 しかし宮本は今、その椅子にすら腰掛けてはおらず、ただでさえ狭い部屋の片隅で、床に座り込んでうずくまっていた。今世界中を騒がせている新種のウィルスがもたらした経済混乱のために失業してしまい、塞ぎ込んでいたのだ。

 試し読み2 

【2020年4月中旬】

 緑の森ことグルーネヴァルトの名を持つ広大な森の中に、景観のいい湖がまばらに点在しているベルリン西部の郊外。かつては強制収容所行きの列車が走っていた負の歴史の痕跡を、あえて上書きせず形として残している駅舎を境に、東側には、見応えのある優美なデザインのホテルや大邸宅が、充分な間隔をあけて建ち並んでいる。そんな閑静な高級住宅街の中でも、中心部からは少し外れた緑深い場所に、ペールグレーの外壁を持つ一際大きな屋敷があり、古城のような荘厳とした存在感を漂わせながら佇んでいた。
 身分を偽り居場所を転々としながら世界の裏側で暗躍してきたキナ臭い生活に終止符を打ち、数年前からそこに暮らしているJは、今日も憲玲ケンレイが手を触れそうなドアノブや階段の手すり、棚の取っ手や冷蔵庫など、思い付く限りの箇所にアルコール・スプレーを……

 試し読み3 

【2021年9月初旬】

 この世の終わりとまではいかず、人類は相変わらずこの母なる星を汚染し続けていたが、外の世界は、まだまだ流行病を巡る騒動に揺れていて、次々に発生する変異種に振り回される一進一退の日々だった。その混乱に乗じてここぞとばかりに、独裁政権が息を吹き返したり、人民の自由と権利が国家権力によって脅かされるなど、世界中が短期間で激変し、不穏な時代が幕開けたというのに、この場は驚くほどに平穏だった。
 ……皮肉なものだ。ほんの数年前までは、周りの世界がどんなに順調で平穏でも、自分たち二人に限っては休まる暇がなく、常に動乱のただ中にある人生だったというのに。すべてが引っ繰り返って、反転してしまったかのよう。
 もちろん、外界の問題と全くの無縁でいるわけではない。ウィルス問題をきっかけに様々な形で分断が起きている今……

 試し読み4 

 この日の夜は、ひときわ月が明るく澄んだ空気をしていたので、寝室の窓を不透明な分厚いカーテンで塞ぎたくなかったJは、不用心ではあるが、珍しく薄いレースカーテンだけにしておいた。それも中央にあえて十数センチの隙間を作り、中から月が見えるように。
「それにしても、噂というのは侮れないものだな。話に尾ひれがついて、あそこまで脚色されていようとは」
 ベッドに入り、お決まりのポーズで横になったJが、独り言のような口調でそう零した。
「全くそうよね」
 彼を背中に感じながら、憲玲は吹き出しそうな思いで泥棒たちの会話を振り返っていた。
「あなたが、温室育ちのボンボン?」
 全くもって本当に何でも起こり得る世の中だ。そもそも自分やJのような訳あり人間が暮らすこの屋敷に、単なる金目当ての泥棒が……

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